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彼女の福音

拾捌 ― 準備 ―

 

「あ」

 カレンダーを見て、あたしは思い当たった。もう、そんな時期になったのか。

「ねえ陽平」

 急須からお茶を汲んで、陽平に差し出すと、あたしは聞いてみた。

「来週末、何の日だかわかる?」

「来週末って、十月十四日と十五日だよね?何だろ?」

「実はね、智代の誕生日が十四日なのよ」

「え?そうなの?あれ、十月って言ったら……」

「三十日が朋也の誕生日よね」

 本当にあの二人はどこまで似た者同士になれば気が済むのか。名前も過去も家族に対する思い入れも。これじゃあ惹かれあうのも当然だろう。

「でさ」

「もしかすると、二人の誕生日パーティーでもやろうとか思ってる?」

 あはは、中てられちゃった。

「杏が考え付きそうなことだからねぇ……」

「いいじゃない、そういうのだって。手伝ってくれるわよね?」

「ま、いいけど。僕だってあの二人にはお世話になってるし、お祝いだってしたいし」

 渋々と陽平が頷いてくれた。昔だったら、「何で僕が」とかぐらい言ってただろうけど、社会人になったためか、気づけばそう言うことは言わなくなっていた。やっぱり人は変わっていくものなんだな、と思う。

「それに、杏にだって世話になってるしね。いつもホントありがと」

 

 その中で未だに変わってないものもある。

 

 あたしが陽平の家に押し掛け女房の真似事みたいなことをして週末を過ごすようになってから、もう二月半になる。その間に陽平のいろいろなことが分かってきたし、少し幻滅したところもあったけど好きだって気持ちには変わりはない。でも、それでも陽平との距離は全然縮まっていない。

 

 あたしが聞きたいのはありがとうじゃなくて

 好きだ、の一言なんだけどな。

 

 だから今回の企画は、あたしにとってもチャンスだった。

 

 

 

 

 そうと決まったら、まず朋也と智代に電話してみる。

『はい、岡崎です』

 二回コール音が鳴った後に、智代が出た。後ろで何やら笑い声が聞こえる。

「もしもし、智代?あたし」

『杏?どうかしたのか』

「さっき気付いたんだけどさ、来週あんたの誕生日よね?」

『覚えてくれてたのか?ありがとう』

「でさ、朋也の誕生日も十月よね」

『ああそうなんだ。夫婦ともに十月生まれとは、やはり私と朋也は赤い糸で結ばれて』

「はいはいご馳走様。でね、あんたら二人の誕生日だったら、やっぱりみんなで祝いたいじゃない?だから、もしあんた達がそれでいいって言ってくれれば、来週末二人の誕生日パーティーをやろうかなって思ってるんだけど?」

『それは……でも、いいのか?』

「あたし?あたしはいいに決まってるじゃない。他でもない智代と朋也のことだし、あたしの時もみんなで盛大に祝ってもらったし」

 どうも慣習と言おうか、あたし達は誕生日を祝うとなると、奇跡的にほぼ全員参加することになる。まあ、さすがに海の向こうのことみは無理っぽいけど。

『しかしそれでは春原との貴重な時間に水を差してしまうのではないか?ん?』

 声がいたずらっぽくなった。

「べべべ別にいいわよ、陽平も手伝ってくれるって言ってくれてるし」

『ほうほう、二人で愛の合同作業か。そこまで二人が行っていたとは、ともぴょんは嬉しいぞ。これは報告せねばならないな。椋に古河さん、有紀寧さん、ああ、杏のご両親にも私から言っておこう』

「智代!」

『ふふふ、冗談だ』

「……あんたに相談したことを後悔する日がいつか来る気がしてきたわ……それよりも、朋也のお父さんにも声をかけるべきかしら?」

『ああ、それなら問題ない。直幸さんなら今家に遊びに来ているから、きっと来て下さるだろう』

「そう……それはよかった」

 さっきの笑い声は、朋也と直幸さんのだったんだ。

 あたしは自然に頬が緩んだ。

『では、お言葉に甘えて楽しみにしているからな』

「はいよ、任せといて」

 電話を切る。さてと、今度は場所だけど……

「ここじゃ狭いよね」

 さすがに自覚しているのか、陽平が頬を掻いた。

「あたしのアパートも五十歩百歩だし……あ」

「あ?」

「あったじゃない、大人数で行動するところを想定してある、しかもみんなが場所知っていてそんなに遠くない会場!」

「え?」

「ほら、学校よ学校!」

 

 

 

 

 

 

『藤林さん、風子参上です』

「はいこんばんは。どう、教師のお仕事は?」

『プチ最高です。今日も補習でみんなでヒトデを彫りました。みんな頑張っていて、作品はとてもかわいくて……はぁぁぁああああああああ……』

「それはよかったわね。で、もしもーし、聞いてる?聞いてるわね?じゃあさっきの件なんだけど……」

『大丈夫です。私がいるんだったらということで許可を得ました。さあ来週の土曜日はヒトデ祭です』

「違うでしょ。智代と朋也の誕生日パーティーだってば」

『岡崎さんは最悪ですっ!で、でも智代さんはヒトデが大いに似合う美女だから、特別に許してあげます』

「それはありがとね、風子。じゃ、これで」

 電話を切ると、陽平がちょうど携帯で話し終えたようだった。

「そっちはどう?」

「ばっちし。ただ、もしかするとヒトデ祭になっちゃうかもしれない」

 一応釘は刺したのだけど、全然保証はなかった。

「そだね。あ、こっちはオッケーだって。渚ちゃんが直々焼いてくれるから、外れはなさそうだよ」

 陽平は古河パンにケーキの注文をしていた。なぜか「早苗さんが出ませんように……」とか呟いていたけど、まあそれも頷ける。

 

 

 

『あ、もしもし?春原です』

『あ、春原さん、お久しぶりです』

『早苗さん?うわあ、懐かしいな。お元気ですか』

『おかげさまで。今日はどうかしましたか?』

『ああ、それがですね、来週岡崎と智代ちゃんの誕生日パーティーをやることになりまして、それでケーキを注文したいんですが……』

『ケーキですか?それはいいですね。ちょうど、新作のアイディアができてたんですよ』

『し、新作っすか……』

『ええ。私の今までの技術をすべて詰め込んだ、大作になると思います。岡崎さん……智代さんと朋也さんの誕生日にはぴったりです』

『あ、あはは、それはちょっと……』

『あ、ちょっと待って下さいね…………(ガチャ)俺だ』

『あ、おっさん』

『春原、てめえも大変なことしてくれたな。ま、こうなった以上お前が責任とって全部食え。残すんじゃねえぞ』

『ひ』

『ああ、あと言っとくが試作品を食べたら悠馬の奴寝込んじまってな。ま、悪く思うな』

『ひぃぃいいいいいいいいい』

 

 

 

 

 

 何だかすごいことになっていた気がする。古河家に婿に入った悠馬さんがすごく哀れに思えてきた。

「陽平、あんたよくやったわ」

「でしょ?」

「じゃあ、こんどはプレゼントね。今から店に行って間に合うかしら」

「ま、行って閉まってたら明日行けばいいしね」

 そう言いながら、陽平はあたしにコートを取って渡してくれた。

 何気ない仕草だったけど、ちょっと嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

「智代ちゃんならくまは鉄板ネタだと思うんだけどね」

「甘いわ。くまのぬいぐるみなら朋也から飽きるほど貰ってるし、そう一筋縄にはいかないわよ」

 まだ四時だというのに、すっかり暗くなってしまっている。白い息を吐きながら、あたし達は商店街を歩いた。

「ちなみに、誰来るの?」

「椋と勝平、秋生さん、早苗さん、渚、鷹文君に河南ちゃん、有紀寧と風子、幸村先生に直幸さんと智代のご両親、って感じかしら」

「結構来るね。で、渚ちゃんはケーキ、風子ちゃんは会場……か。あ」

「あ?」

「ねえ杏、あれなんてどうだろ?」

「……ん。いいわね。あれで智代のは決まりよね」

「問題は岡崎なんだよなぁ……」

「ま、それは後で何とかするって形で」

 あたし達はそう言いながらその店に入った。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……え、本当か?うん、ありがとな、ことみ。うん」

 そう言うと、朋也は受話器を元に戻した。

「よし、これで完璧だ」

「ほう。他の女性に電話して完璧か。ほう」

 ぎく、と首をすくめながら振り向くと、氷よりも冷たい眼をした智代が睨んでいた。

「これはあれか、がさつな元不良との色褪せた結婚生活よりも頭脳明晰で女の子らしい幼馴染との禁断の遠距離恋愛を取るという話か」

「ち、違うぞ智代!断じてない」

「……やはり男はみんな胸か。確かに私は一ノ瀬には負けるが……」

「違うんだ!誤解だ!は、話せばわかる!」

「……音楽ができてなきゃダメか」

「ことみだってできてないだろあれは。あーもう、しょうがないな!」

 がしっと智代を抱いて頭をなでなでする。

「わっ何をいきなりっ放せっ」

「智代が俺を信じるまで放してやんない」

「……朋也は意地悪だ」

「自分にもっと自信持てって。俺はいつだって智代だけだから」

「……わかった。信じよう。では、今の電話は何だったんだ?」

「あれか?まあ、その、あれだ。ここは俺を信じて」

「了承した」

 智代がぐっと親指を立てた

「お、理解が早くていいな」

「うん。で、これから朋也の弁当が当分古河パンなわけだが」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

「結局時間切れになっちゃったね」

 陽平が白い息を吐き出して肩をすくめた。

「でも、これはできたからいいじゃない?」

 そう言ってあたしは手に握った紙袋を掲げて見せた。中には智代へのプレゼントがある。

「そだね。じゃあ、明日一緒にまた回ろうか」

「陽平も何かいい案が浮かんだら言ってよね」

「岡崎は無趣味な奴だしなぁ……ま、何かあったらね」

 気がつくと、駅の前まで来てしまっていた。もう少し駅が遠けりゃいいのに、と思ってしまったりする。

「じゃあ、また明日ね、杏」

「うん……あ、あのさ陽平」

「ん?何?」

 あたしは俯いた。でも、踏みとどまってはいけなかった。勇気を振り絞ると、頭を上げて陽平を見据えた。

「陽平、もしこれが終わったらさ、ちょっと付き合ってくれる?」

「へ?付き合うって……」

「ちょっと話があるの。大事な、話」

「……いいよ、うん」

 複雑そうな顔をして、陽平はそれでも肯いてくれた。

「よかった。探してたのよね、あたしの借金肩代わりしてくれそうな人」

「話ってそれっすか!」

「あたし、この歳で風俗入れとか言われたら困っちゃうし」

「どんだけやばい話に首突っ込んでんだよっ!」

「その点陽平なら内臓切り売りされても次回までには再生していそうだし」

「僕はアメーバか何かですか!!」

「あはは、じゃあね陽平、また明日!」

「ったく。はいはい、またな」

 苦笑して陽平が手を振る。それに向かって思い切り笑うと、あたしは改札を通って自分の町に帰る。

 秋の夕暮れに染まる陽平の街を眺めながら、あたしは呟いた。

 

 

 

「頑張りなさい、杏」

 準備は、もう終わる。

 

 

 

 

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